私は天使なんかじゃない






昼下がりの激闘





  二転三転するのは楽しいものだ。
  ただし、傍観者の時に限る。
  当事者の時は?

  ご愁傷様って言葉が相応しい。





  「特製ミートパイ?」
  「はい。調理されますか?」
  カウンター席に俺とベンジーは座っている。
  女性はにこにこと笑っている。
  ここのお勧めかな、ミートパイは。
  カウンター席の端と端には知らん客がそれぞれ1人ずつ。
  後ろの窓際の席にも1人ずつ。
  常連かな?
  まあいい。
  何にもせよ腹が減った。
  おっさんは俺様のPIPBOYの波長を追って来るわけだが、まだ来そうもないし先に食っちまうかな。
  「どうなさいますか? 調理されちゃいます?」
  にこにこ顔の女性。
  催促されてる?
  調理頼んだ方がいいのか?
  「いや、いらん」
  言ったのは俺ではない。
  ベンジーだ。
  サッと女の顔色が変わった気がする。
  まあ、気のせいだろう。
  俺は水の入ったコップを手に取ろうとするが……。

  ガタン。

  カウンター席に落とす。
  水がこぼれた。
  「ベンジーっ!」
  「すまんボス。運転酔いしてボスにぶつかっちまった。水がこぼれたな、何か拭くものないかな?」
  「えっ? ええ」
  女性が付近を手渡すとベンジーはありがとうよと言ってカウンターを拭いた。
  何なんだよ、まったく。
  「悪いが連れを待っているんだ、飯はいらん」
  「そ、そうなんですか?」
  「何というか俺たちは一心同体な感じでな、仲間が揃わないと食わない主義なんだ、悪いな」
  「い、いいえ」
  何なんだ?
  考えてみたらベンジーはピリピリとしている。
  「そういえばあんたの名前は?」
  「私、ですか?」
  「そう」
  「マーサと申します。前は別の所に住んでたんですが、性質の悪いレイダー達に街を潰されまして。夫のビルとここで再出発しました」
  「ほう、そりゃすごい。旦那さんは厨房に?」
  「ええ。それが?」
  「先に他の客の料理を優先してくれ」
  「ええ。そうしてますわ」
  「そうしている、ね」
  俺の耳元に顔をベンジーが近付ける。
  ちけぇな、おい。
  「何だよ」
  「ボス、おかしくないか?」
  「あん?」
  小声で話し合う。
  マーサ、と名乗った女性は新しい水を入れて俺の前に置く。
  怪訝そうにこちらを見ていた。
  ベンジーが言う。
  「すまん。今夜の夜の営みについて話しているんだ、遠慮してくれ」
  「す、すいません」
  ななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななに言ってんだこいつはーっ!
  ぶっ殺すぞっ!
  今の発言に慌ててマーサは離れる。
  「ベンジーっ!」
  「しー、声が高い。囁くように喋ってくれ」
  「愛をかっ!」
  「……ボス、静かに、喋れ」
  「……分かったよ。で? 何がおかしいって?」
  「結局他の客は出来上がりを現在待ってるんだろ?」
  「ああ。俺がここに入る前に推測したとおりだな、それが何だ?」
  「厨房から何の音もしないだろうが」
  「……あー」
  確かに。
  何の音もしない。

  カタカタカタ。

  「風邪かい?」
  「……お構いなく」
  よく観察したら女性は体が震えている。
  それにベンジーも気付いたようだ。両隣りの客の様子も見てみる、震えている。後ろの客も同じ感じなのだろうか。
  ……。
  ……で、それが何だってんだ?
  風邪でも流行ってるのか?
  「ボス」
  「何だよ」
  相変わらず囁きトークだ。
  くそ。
  腹が減ったぜ。
  「まずいぞ」
  「何が?」
  「この店は……」

  きききききききっ。

  急ブレーキの音。
  後ろを見てみる。
  パトカーだ。
  メタボのおっさんが降りてきて、店に入って来る。ケリィのおっさんだ。運転疲れなのか、鈍ってるのか、全身武器まみれがモットーのおっさんだが今はソードオフショットガンを
  腰にぶら下げ、10oサブマシンガンを持った右手をぶらぶらさせながらの来店だ。
  「ようブッチ」
  「遅かったな、おっさん」
  これで飯に出来る。
  「dead endにようこそ。お連れの方ですよね? 特製ミートパイの調理……」
  「ちょっと待ってくれ。あー」
  店の真ん中で大きく伸び。
  「運転しっ放しで疲れた。軍人さんもそろそろやるかい?」
  何かを飲む仕草をする。
  ベンジーはにやりと笑った。
  「いいね」
  「じゃあ始めるか」
  瞬間、何気ない仕草でソードオフショットガンで窓際の客を吹っ飛ばす。さらにもう1人。ベンジーも同時に動いてショットガンを発射、ベンジーの右隣にいた客が吹っ飛んだ。
  俺の左側にいた客が立ち上がって俺に突っ込んでくる。
  ナイフを持って。
  身をよじって逃れようとするとカウンター越しに俺を女が押さえつけた。
  身動きが出来ない。
  な、何だ、この店っ!

  バリバリバリ。

  おっさんの10oサブマシンガンが火を噴く。俺に挑みかかってこようとしていた客が盛大に吹っ飛んだ。
  た、助かった。

  バタン。

  厨房の扉が開く。
  中から1人の男が飛び出してきた。手にコンバットショットガンを持って。
  やべぇーっ!
  女はベンジーがショットガンを向けるとその場にうずくまってカウンターに消えた。俺たちもまたカウンターの陰に隠れる。お互いに見えない。
  くそ。
  くそ。
  くそっ!
  「何なんだよ、ここはっ!」
  「人食いどもの巣だよ、ボスっ!」
  ベンジーがどなった。
  「はあ?」
  「こいつらカニバルしてる連中だよ。気付かなかったのかよ、ボス。震えてただろ、こいつら。人肉食い過ぎてイカレちまってんだよ」
  「おっさんは気付いてたのか?」
  「見りゃ分かる」
  そういうもんなのか?
  2人の視線が痛い。
  「えっ、まさか調理されますかっていうのは……」
  「ボスがミートパイに、調理されちゃいますかっていう意味だよ」
  「……」
  「気付けよ、ボス。どう考えてもここは胡散臭いだろ。ここにいた全員が、わざわざ飛び込んでくるアホをミートパイにして食べようと待ってたんだよ。最初のあの水も怪しいもんだ。麻痺毒かもな」
  「……いや、ほら、俺ってば平和なボルト出身者だし気付かんかったわー」
  「やれやれ」
  銃撃音が止んだ。
  向こうは向こうでこちらが見えていないわけだしな。
  さてさて、どうしたもんか。
  9oを一丁引き抜く。

  「マーサ、こいつを使え」
  「ええ」

  カウンター向こうにいた女は厨房の方に移動したようだ。
  声が若干遠くなった。
  敵は2人。
  多分あの男はマーサの旦那のビルなのだろう。
  「なあ、あいつらがグールズか?」
  何でも屋のジョーが言ってた連中か?
  おっさんは首をひねる。
  「かもしれんし、そうじゃないのかもしれん。ジョーさんはグールの語源である窃盗って意味合いで言ってたからな、ここの人肉解体クラブとは別物なんじゃないのか。どっちにしろ敵だ」
  「だな」
  厄介なところに足を運んじまったもんだぜ。
  やれやれ。
  優等生の活躍でキャピタル・ウェイストランドは平和になったっぽいけど……わりとそうでもなさそうだ。
  エンクレイブが虎視眈々としている、確かにそれもある。
  だけどそれ以外の悪の勢力もまだまた現在だ。
  レイダー。
  タロン社残党。
  ストレンジャー。
  レッドアーミー。
  そしてこの人食いども、まだ見ぬ悪党どももいるんだろうな。
  ……。
  ……ふふん。燃えてくるじゃねぇか。
  悪がワルに勝てないってのを教えてやらねぇとな。
  トンネルスネーク……。

  「あいつですトーチャー、ブッチ・デロリアっ!」
  「確かかハイウェイマン? トロイの奴を仕留めに来たが好都合だ、ガンスリンガーとマシンナリーの鼻を明かすチャンスだ。やるぞ、ローチ・キングっ!」
  「よし来たっ!」

  マジかーっ!
  ストレンジャーの襲来だ。ゴキブリ野郎もいるっ!
  しかも連中は俺狙いではなくトロイの刺客だったようだ、会ったついでに俺たちも始末するつもりらしい。
  何て面倒なんだ。
  くそっ!
  ハイウェイマンはハンティングライフルをこちらに向け、ローチ・キングは10oピストルをこちらに向け、溶接用のマスクを付けたトーチャーとかいう奴は火炎放射器を向けた。
  やべぇーっ!
  何の合図もなく一斉に俺たちはカウンターを飛び越える。
  カニバル夫婦に銃を撃ちながら。
  さすがにストレンジャーと仲間って設定ではないようだ、2人は関わり合いになるのを避けるように厨房に逃げた。扉が閉まる。
  それと同時にさっきまで俺たちがいた場所に銃弾と炎が襲う。
  「ボス、どうする」
  「1、2の3で反撃するぞ。銃はともかく火炎放射器はやべぇからな。1、2の3っ!」
  カウンター越しに俺たちは一斉に反撃。
  ストレンジャーは各々身を伏せる。
  ふぅん?
  能力者じゃないのか?
  ガンスリンガーみたいなのがいたらやばかったがそうでもないらしい。
  ……。
  ……ま、まあ、あのラッド・ローチを体に二匹這わせているのは能力者か。
  ガクブルだぜ。
  ラッド・ローチは大嫌いだ。
  あいつを優先的に倒すっ!
  俺の撃った9oピストルがローチ・キングに当たった。奇妙な体液が噴き出す。
  「ジッターズっ!」
  おいおいおい。
  体に這わせているラッド・ローチは友達ですか名前付けてるのかよ。
  一匹は死骸となって転がった。
  となるともう一匹にも名前があるのか?
  「ローチ・キング、ゴキブリどもは近くにいるか」
  「地中にいるぞトーチャー」
  マジかよ地中にいるのかよ。
  「あいつらに向かってラッシュしろ」
  「はあ?」
  「やれ」
  「分かったよ、行け、同胞たちよっ!」
  嫌な同胞だなおいっ!
  地中から這い出して来てこちらに向かって突っ込んでくるさまは黒い絨毯だ。
  ひぃぃぃぃぃぃぃっ!

  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

  トーチャーがその黒い絨毯に火炎放射器を浴びせる。
  炎の波となってこちらに押し寄せてきた。
  炎越しに笑い声と憤怒が聞こえてくる。
  「あっははははははははははははははははははははははははっ! 脂が乗ってるからな、よく燃えるぜっ!」
  「トーチャー、俺の同胞をっ!」
  「熱くなるなローチ・キング、勝つためだ。ハイウェイマン、店の裏に回って退路を断て」
  「了解だ」
  「何が使い走りだボマーめっ! 俺は出来る、出来る奴なんだ、それを証明してやるよ、ボマーっ!」
  連携は完璧だな。
  店内は燃えていく。俺たちに届く前にラッド・ローチは燃え尽きたものの店内は燃えている。ここには留まれない、裏口があるならそちらに回るしかない。
  少なくとも厨房には逃げなきゃだ。
  「愚図愚図するな、行くぞ」
  おっさんは先頭切って厨房の扉の前に立つ。ベンジーは炎の方に向かって銃を撃つ、炎を飛び越えて弾丸がこちらにも飛んでくる、どちらも牽制程度だが必要な銃撃だ。
  俺は扉にソードオフショットガンを叩き込んだおっさんの支援に向かう。
  扉を蹴破る。
  9oを構えながら厨房に入ると……うおっ、皮を剥がれた何かが無数に逆さに宙連れにされている。
  何かって?
  何かさ。
  「男子厨房に入らずよっ!」
  「くそ、ミートパイの具材の分際でっ!」
  マーサとビルがいる。
  マーサは32口径ピストルをこちらに向けている、ビルはコンバットショットガン。その背後には扉。多分外に通じている、裏口。とっとと逃げずに留まっていたようだ。
  俺は問答無用に銃弾を叩き込む。
  腹部にまともに受けてマーサはその場に崩れ落ちた。ケリィが続き、ベンジーも飛び込んできて厨房の扉を閉める。
  後はビルだけだ。

  ガチャ。

  扉が開く。
  ビルの後ろの扉だ。
  銃撃音がしてビルの頭が吹き飛んだ。
  入ってきたのはハイウェイマン……あー、いや、違うな、こいつは……。
  「見つけたぞケリィっ!」
  「うげMr.クロウリーかよっ!」
  扉の向こうは外が広がっている。
  だけど何だってこんなところにMr.クロウリーがいるんだよっ!
  「パワーアーマーを返せっ!」
  「今は返せ……おい、こっち来いっ!」
  武器を捨てておっさんは走る。
  Mr.クロウリーは44マグナムを撃つ、おっさんの肩にかすったらしく態勢をまともに崩すものの抱きつくようにクロウリーにしがみ付き、横に突き飛ばした。
  瞬間、重い銃撃の雨がその場を通り過ぎる。
  ハイウェイマン?
  違う。
  今度は警戒ロボットに乗ったあのグールだ。
  戻ってきやがったっ!
  「さっきの中国軍服の野郎かっ!」
  あの警戒ロボットは右手がミニガン、こちらに向けている左手はロケラン……やばーいっ!
  ミサイルが発射される。
  それと同時に警戒ロボットは後退を始める。
  だろうな。
  厨房内で炸裂したら巻き込まれかねないもんな。
  どうする?
  どうする……くそっ!
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  厨房と店を繋ぐ扉を開ける。
  熱風が飛び込んでくる。
  火の海だ。
  開けた瞬間、俺の真横を何かが通り過ぎた。
  ミサイルだ。
  本来は厨房の扉にぶつかって炸裂、俺たちは死ぬはずだった。しかし扉を開けたことによりそれは通り過ぎ、炎の海を通り過ぎ、入り口を通り過ぎ、爆発。

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  「俺の全財産がーっ!」
  おっさんは頭を抱えて叫んだ。
  まあ、ですよね。
  ミサイルは一直線に外に飛び出してパトカーを吹き飛ばした模様。炎越しで見えないけどストレンジャーたちにも何らかのダメージを与えたようだ。

  「トーチャーっ!」
  「くそ、一時離脱するぞっ!」

  ベンジーは裏口から飛び出してショットガンを乱射。
  すごい勢いで後退していく警戒ロボットに対しての銃撃。数発のショットガンは警戒ロボットの右手に当たり、右手が吹き飛ぶ。つまりミニガンが吹き飛ぶ。
  空になったショットガンを放り捨てて10oピストルを引き抜いて撃つ。
  俺も並んで撃つ。
  よく意味が分かっていないMr.クロウリーも44マグナムを撃つ。
  今回はガンスリンガーがいないな。
  背後に回れと言われていたハイウェイマンも結局いない。
  警戒ロボットは煙を吹き出す。
  そしてそのまま走り去っていった。
  逃げた、か。
  意気消沈したおっさんが出てくる。
  「ケリィ」
  幾分か落ち着いたMr.クロウリーが銃を片手に詰め寄る。
  「何故助けた」
  「ダチだからな」
  「ダチからパワーアーマー……っ!」
  「悪かったと思ってる。エンクレイブ戦にどうしても欲しかったんだ。返すよ、必ず。だが今は無理だ。BOSに修理を頼んでるんだよ、直るまで待て」
  「……何で言わない? 何で言わなかった?」
  「お前は良い奴だがケチだ、ついでに言うと頭に血が上ると説得利かないしな。悪かったよ。ジェームスの仇の為だったんだ。ミスティを助ける為だったんだよ」
  「ちっ。これじゃあ俺の方が間抜けじゃないか」
  何だかよく分からないが解決なのか?
  Mr.クロウリーは振り上げた拳の下し方に悩んでいるようだが、問題ないだろう。何だかんだでケリィはクロウリーを助けたんだしな。
  「ボス」
  「何だ」
  「バイクが無事か見てみよう。無事なら俺たちだけで先行するってのはどうだい? いくらトロイの兄貴がとろいにしても、状況的に着いているか、もしくはいなくなっているか」
  「確かにな」
  車での移動で移動スピードはこちらが早いにしても。
  トロイは徒歩で、地理不案内だとしても。
  向こうの方が先に出てるんだ、ミンチって奴の所に付いている公算はかなり高い。
  「おっさん」
  「先に行け。俺も後で追いつく」
  「……何だか知らないが手伝ってやるとしよう。ケリィに助けられたし、ブッチのことは嫌いじゃないしな」
  「ありがとな」
  礼を言って俺たちは走る。
  何だかんだでストレンジャーを連続で退けている。
  さあ俺たちのターンだっ!